朝日将軍義仲と諏訪 ~山吹城跡編~
山吹御前とは?
源義仲と運命を共にした女性。特に巴御前は数多くの作品に登場する。しかし、そんな巴御前にはライバル的な存在がいた。彼女の名は山吹御前。「平家物語」によると巴御前と共に、信濃国から京まで付き従ったという。山吹御前については、義仲の便女だとか妾だとか色々と説がある。今回はその中でも、諏訪と関係する異説を紹介しよう。
AIさんに描いてもらった義仲と山吹さん↓
金刺盛澄の娘
諏訪明神絵詞には「諏訪大社下社大祝である金刺盛澄が義仲を婿にとり、女の子が生まれた」との記載がある。だが、この時に義仲と結婚したのは誰なのか?
残念ながらこれに対する答えは、資料が残っていないので分からない。しかし、実は山吹御前こそが金刺盛澄の娘なんじゃないかという異説がある。
山吹御前と諏訪
「金刺盛澄の娘は山吹御前説」の出所は小説家の海音寺潮五郎さんである。彼は金刺一族の持ち城に山吹城がある事と、先ほどの諏訪明神絵詞を元にこの説を考えたという。
そうなると、義仲にとっての山吹御前は妾でも便女でもなく、正室なんじゃないかと考えられる。そうなれば、義仲の息子である義高の母親は山吹御前である可能性も高くなる。ちなみに義高は、頼朝率いる鎌倉勢と義仲率いる木曽勢が武力衝突寸前で源氏どうしの戦を回避すべく、頼朝に人質として差し出された人物だ。
これは諏訪と源平合戦の歴史が好きな私にとって、ロマンが感じられる説だ。そこで私は今年の4月に下諏訪にある山吹城跡に向かった。
山吹城跡
山吹城跡は下諏訪の水月公園や水月霊園の通りの奥にある。かなり山々の奥まで進まないと、山吹城跡の入り口が見えてこない。
入り口から少し進むとこのような立て看板がある(以下の写真参照)
この立て看板によれば、この城の築城時期は定かでは無い事と、金刺一族が有事の際に使う城という事。さらには、1518年に諏訪大社の上社勢が攻めてきた際に、金刺昌春が籠城した城ではないかということも書かれてある。そうすると、この城は金刺一族滅亡の歴史とも深く関わりがあるという事になってくる。
山吹城主郭跡↓
金刺盛澄の娘は山吹御前説。
この説自体は、証明できるものは何一つ残っていない。しかし、平家を都から追討した英雄である朝日将軍義仲と諏訪の繋がりと歴史のロマンを感じられる良い説だと思う。実際、義仲と関わりのある女性たちは巴御前や山吹御前も含めて、「平家物語」や「源平盛衰記」などの古典文学の中でしか登場せず、「吾妻鏡」や「玉葉」などの史書や日記には存在が確認されない。
しかし、歴史小説やドラマなどにはかなり面白いネタにもなりそうだ。
さらにこの説を採用している作品もある。天野純希さんが書かれた「猛き朝日」はまさに金刺盛澄の娘が山吹御前だし、その息子が義高だ。この作品を読んだ時、諏訪好きの私はこのマイナーな説を作中に取り入れてくれた事に深く感動した。
このような諏訪と義仲の繋がりを感じれるスポットはたくさんあるので、これからも「朝日将軍義仲と諏訪」シリーズで紹介していきたい。
次回予告
ついに義仲は平家に対し挙兵!
歴史は信濃から大きく動きだす。
朝日将軍義仲と諏訪 〜平家追討編〜
お楽しみに!!
